『黒人差別』

　ではなぜこのような文化が生まれたのであろうか。その背景にはアメリカにある黒人差別が大きく関係していると書かれている。

“BLACK LIFE”１）によると17世紀初め、ヨーロッパでは黒人奴隷貿易が始まった。ヨーロッパ諸国は新しく発見したアメリカ大陸を開拓するために、アフリカから沢山の黒人奴隷を輸入した。その当時、奴隷は「人間」ではなく「物」と扱われており、「奴隷はお金で買うもの」という認識がされていた。1860年のアメリカ合衆国国勢調査では、合衆国総人口の約14％の黒人人口のうち、約89％が奴隷だという調査結果があったほど「黒人＝奴隷」の認識は根強いものであった。アメリカ南北戦争（1861～65年）中の1863年にリンカーン大統領が出した「奴隷解放宣言」は、南部の黒人奴隷達に対して自由を保障したものであったが、奴隷解放宣言が発布された後に待ち受けていたのが「人種差別」であった。黒人というだけで就職はおろか、経済活動、教育、生活面などありとあらゆる面で制限を受けていた。その後も奴隷としてアメリカに連れてこられ、そのまま定住した黒人への差別は続いたが、キング牧師（Martin Luther King.Jr. 1929～1968）が生涯人種の平等を説き続け、1964年にようやく法律上の差別は全て撤廃されたのであった。

　しかし、人々の間では日本の部落差別の様に黒人差別が根強く残り、その後も水面下での差別は続き、今でも一部の地区では差別が残っている。

『ギャング組織の誕生』

　法律上の差別が無くなったといっても人々の認識は突然変わるものではない。時間とともに差別心は薄れていったが、まだ一部の人・地区には残っていたのである。“BLACK LIFE”１）によると、根強く残った差別のため、1964年以降も就職が出来ず、収入が無い黒人達は路頭に迷った。自分達が生きていくためには収入は絶対に必要だった。そこで収入を得るためにドラッグの密売や売春、強盗、殺人に手を染め始めた。これが一番簡単に収入を得ることが出来る方法だったからである。犯罪は日に日に過激になり、強盗・殺人は日常化していった。この時代の黒人社会の様子は、映画“MENACE Ⅱ SOCIETY”２）で目にすることが出来る。そんな絶望的な状況下で、彼らが自らの存在を世間に知らしめるために仲間同士で組織を作り、己の力を誇示することは自然な流れであった。これがギャング組織である。そこからギャングという組織同士の抗争が始まった。黒人差別があったからこそアメリカ各地でギャング組織が出来たと言っても過言ではない。そんな中、黒人差別が根強く残っている地区の一つにニューヨークのブロンクス地区があった。

　この頃のブロンクス地区でのギャング組織の詳細については“The Perfect Beats”３）に詳しく記述されている。 “The Perfect Beats”３）によると、1968年夏、ニューヨークの南東ブロンクスで10代の少年７人が“サヴァジ・セブン”というギャング組織を名のり始めた。彼らは既にその界隈では知られた存在であり、規模を拡大することは容易であった。組織の拡大とともに“ブラック・スペイズ”と改名し、組織の中は階級分けされていた。彼らの制服は識別と誇示の目的のためにジャケットの背中に標章が刺繍され、それにジーンズをはいた、当時の暴走族の様な格好であった。すると、次々と同じようなストリート・ギャングがブロンクス中に組織された。無数のストリート・ギャングが結成され、その動きはニューヨーク市全体に広まっていった。その中でもブロンクス・リヴァーを舞台とした“ブラック・スペイズ”と“セブン・クラウンズ”の抗争は長期化し、その間は銃声が絶えず、そこは「リトル・ヴェトナム」と呼ばれたほどであった。

　こうしたストリート・ギャングの伝統が60年代だけで終焉することはなく、後にくるHIPHOPの創世紀、Block Partyの時代まで形は違えども続いていった。

『Zulu Nationの誕生』

　しかし、この無意味な殺し合いに疑問を抱き始めたギャングが次第と増え、この殺し合いに向けたエネルギーを違う方向に向けられないかと考え始めた。これが「HIPHOP」誕生への第１歩であった。ここで誤解をしないで頂きたいのが、“HIPHOPとは”で記述した４つの要素は「HIPHOP」という枠が出来てから誕生した訳ではなく、各々で形成されつつあった各要素をHIPHOPの教祖と呼ばれる「アフリカ・バンバーター」が一つの文化にまとめ、HIPHOPと名付けたことである。

　HIPHOPを語る上で絶対に避けては通れない人物が、「アフリカ・バンバーター」である。上述した通り、彼はHIPHOPの教祖と言われておりHIPHOP史上でのキーパーソンの一人である。“The Perfect Beats”３）によると、彼は1969年、ブロンクス・リヴァー支部で“ブラック・スペイズ”に参加した。その後、“ブラック・スペイズ”はブロンクス最大規模のストリート・ギャング組織へと発展し、アフリカ・バンバーターは生来の性質からかその指導者になるのであるが、なんとそれは1974年にはばらばらに分解していったのである。その理由についてバンバーター自身は「ドラッグに走った連中もいたし、他のギャングに消された連中もいた。警察との衝突も酷かったし、女の子がまず疲れてしまった。」と語っている。

そして彼自身は通っていたスティーヴンスン高校で、最初の５人のBBOYから始まったという組織“Zulu Kings（Zulu Nation）”を作り上げた。それは、従来のストリート・ギャングとは異なり、遙かにBBOYスタイルであった。つまり、彼らは（少なくとも表向きは）街角での暴力の代わりに音楽やダンスに興味を持っていたのだ。無意味な殺し合いに向けたエネルギーを違う方向（ここでは音楽やダンス）に向けた組織の誕生であった。

　“Zulu Nation 公式ホームページ”４）によると、Zulu Nationの公式誕生日は1973年11月12日であると記されている。

『HIPHOPの誕生』

　Zulu Nationを作ったバンバーターは、その後サウスブロンクスでDJをPLAYしつつも、ばらばらであったBBOYやRapperなどを一つの文化に束ね人々を組織し始めた。ドキュメンタリー映画“SCRATCH”５）によると、「アフリカ・バンバーターは“ブラック・スペイズ”のヘッド（指導者）だった当時、殺し合いなどに向けられたエネルギーを良い方に導くために自らアフリカを訪れ黒人の暮らしぶりや文化を体験し、現地の民族の結束の強さに影響を受け、その概念を生かそうと決めた。」とある。その後帰国し、Zulu Nationを作り上げたバンバーターは、「Rap」、「DJ」、「BBOYING」、「GRAFFITI WRITING（ART）」を一つの文化としてまとめあげた。これがHIPHOP誕生の瞬間であった。

“Zulu Nation 公式ホームページ”４）によるとHIPHOPの公式誕生日は1974年11月12日であり、バンバーターがサウスブロンクスでDJをしていたことからサウスブロンクスがHIPHOPの誕生の地であると記されている。

　HIPHOPが始まった時は当然、黒人の若者達は誰にRapを教わったわけでもなく、誰にスクラッチを教わったわけでもない。もちろんGRAFFITI WRITINGもお手本があったわけでもないし、BBOYINGも誰かに教わったわけでもない。社会の底辺にいた無知な彼らが文化の担い手となり、自ら作り上げ発展させたのである。